役の行者と霊芝の話

 山伏道も創始者といわれる、役の小角は、日本国中をくまなく飛び回り、いろいろと、
修行をしていた。そしてある時、大山の唐泊にやってきた。
 小角は、唐泊の山の頂上で、一心にお祈りをしていた。あたりは冷たく鎮まり、次第に
夜が更けた。その時、遥かな木の梢に、金色の光が見えた。
 木に登ってみると、5色の光を放つ、不思議な形をしたものがある。小角は、姿勢をた
だすと、「もし、お力を見せていただけるなら、この不思議なものを、はっきりした形に
して、見せてください」と心を込めて祈った。
 明け方、再び梢に登ってみると、そこに、はっきりと、霊芝の形をしたものがあった。
小角は、それをとると、「当山の神よ、しかと聞け。われ神仏に祈り、この霊芝を得た
り、これをもって当山の宝とし、心を素直にして、行い正しき者に、このいわれを告げ、
神芝を授くべし」と大声で呼ばわって、梢はるかに投げた。雷が、一度に落ちたような、
ものすごい音が、あたりに響き渡った。
 それから後、毎夜8時ごろになると、煙々とした光が、木の梢に現れ八方から、輝く
星のような白い光が、雷のような音を響かせながら飛んできて、その梢を取り囲むように
回り、夜明け方4時ごろ、また、大きな音をたてながら飛び去った。梢の光は、夜明けの
雲に、溶け込むように消えていった。
 この現象は、いっともなく消えたけれど、雷のような響きは、しばらく続き、人々は、
これを、”唐泊が鳴り給うど’恐れた。
 数百年の月日が過ぎて、この山の麓に住む心清らかな老人の夢まくらに神の姿をした童
子が立って、「われは、この山のお守り神なり。なんじの心正しきによって、この神芝を
授く。往年の役の行者、神仏に祈り得給いし霊芝なり。とく起きて、山頂の枯れ木を見る
べし」とそのいわれを、詳しく語った。
 老人は、不思議に思いながら、山に上り、言われた枯れ木を探すと、その後うつろにな
ったところに、お告げの通りの霊芝があった。老人はうれし涙とともに、それを持ち帰
り、大切にお面巳りしたという。霊芝は、大山の某家に数百年伝えられていたが、後に、有
田郷羽田のある家に安置されたという。

有田郷風土記より
出典
「日田地方の昔ばなし」(NTT日田電報電話局編集委員会)