岳滅鬼山(がくめきざん)
A16
(概要)
 猫ノ丸尾9釈迦ヶ岳・大目岳と共に福岡県との境の一つである。山並みは起伏が多く、けわ
しい。峠から山頂一帯には原生林が今も残されており、日田市の最高峰である。

(文献)
 日田盆地の真北、英彦山から南西にのびる尾根は東尾根と呼ばれ、猫ノ丸尾一岳滅鬼山一釈
迦ヶ岳一大日岳と続き、福岡県との境となっている。起伏が多く、けわしい山並みは、かつて
は英彦山山伏の峰入り路の一つだった。
 日田盆地からこの山並みを見て一段と高いピークが岳滅鬼山で、日田市の最高峰だ。『豊後
                         がくめき
国志』では、この山は「長野山」とあり、別に「顎滅機」の山名があると書かれている。
 山の東側の峠をガクメキ峠といい、かつて日田地方と豊前を結ぶ街道が通り、日田彦山線が
開通するまでは、英彦山参りの要路でもあった。
 峠の歴史は英彦山とともに相当古い。英彦山に伝わる古文書、『彦山縁起』や『彦山流記』
にはたびたびガクメキ峠の名が登場する。
峠の舶仏教にちなみ、滅鬼は地獄の獄卒の一つ「め鮨き」のことで、
ごずしんこう
 牛頭信仰
による地名という説と、南のガラメキ峠と同じように峠の下を流れる谷川の水の音を意味す
る、という説もある。いずれにしても、この峠名が山名にもなった。
 峠から山頂一帯には、ブナ、カシ、モミなど大木がおい茂る原生林が今も残されている。尾
根筋にはシヤクナゲの群落も見られる。
 この山に登るには、ふもとの日田市源栄町中山から、市有林の中に造られた中山林道を経て
山道をガクメキ峠に登り、さらに西へ尾根伝いに山頂に向かう。
 今村バス停の前から、中山川に沿って車道を進むと中山の集落に着く。村はずれにある北山
神社の前から中山林道を約四キロメートルほど登ったところが峠への登山道入り口。左手の小
さい白い案内板が目印だ。
 途中、険しい岩尾根上にある法華岩と呼ばれる岩穴をくぐり、つづら折りの急坂を登り詰め
ると、やがて峠に着く。
 峠の北側は福岡県田川郡添田町で、江戸時代は幕府直轄領の日田と、旧豊前国を分ける重要
な峠だった。峠の西側に「従是北豊前国小倉領」と刻まれた高さニメートル余りの国境石があ
る。峠にはこの他にも小さな境石がある。国境石はお互いに一つずつ建てるのが通例で、一ケ
所に幾つも国境石があるのは珍しい例だという。
 峠から岳滅鬼山への道は西側の国境石の横にある。ブナ、カシ、モミなどの大木がおい茂る
自然林の中、クマザサをかきわけるようにして登って行く。峠から数えて三つ目のピークが岳
滅鬼山だ
 頂上は以外と狭いが、日田市の最高峰だけに眺めがよい。英彦山をはじめ、三郡山、馬見山、
塀山などの筑紫山系の山々や、九重連山、津江山系などの雄大な展望を楽しむことができる。
南側は、眼下に小野の谷が深く刻まれ、はるか日田盆地の町並みが広がっている。
 日田市。福岡県田川郡添日町 1037メートル
註:滅鬼積鬼(めっきしやつき)
@地獄の鬼の名。阿防をいう。
Aきびしく責めて問うこと。「今夜は後家に逢うて−/浄・新版歌祭文」

三省堂 大辞林より
出典
やまなみ登山 九重 日田玖珠 津江山系