原の長者(穴観音古墳)
昔、内河野原(今の内河町)の山中を二匹の大きな犬を連れた、たくましい若者がとお
りかかった。日暮も近く一夜の宿をと、山を下ってさがしていると、木の茂みの向うに豪
壮な構えの家が見えた。
門の前に立って大声で「ごめんくだされ!ごめんくだされ!」二度三度と呼んでみても
何の返事もない。声はこだまとなるばかり。中に入り奥へと、上がって行くと、かすかに
女の泣き声がする。
不思議に思いながらさらに進むと、娘がたった一人泣いていた。若者の姿を見て逃げよ
うとする娘に、「私は筑後の国の住人、草野太郎経門という旅の者だ。決しで怪しい者では
ない。
この様子には何かわけがありそうだが、聞かせてはくれないか」とことばをかけた。
娘は、「父は、日下部春里といって近郷一の長者でしたが、ある夜恐ろしい鬼にさらわれ、
それから毎夜毎夜その鬼が家の者をさらっていき、今では私一人になってしまいました。
今夜はきっと私が‥ ‥・」と泣き伏した。
経門は「案じなさるな、私が必ず助けてさしあげよう」と力づけて側にあったヒツの中
に娘をかくし、自分はその上にどっかりと座り自慢の弓を小脇にかかえて夜を待った。
夜中突然犬が吠えたてた。輝く光に包まれて何者かが現れたが、まぶしくてその姿を見
る事が出来なかった。経門は目を閉じて一心に念仏を唱え、やがてカッと見開くと光の中
を狙って夫を放った。確かな手応とともに、雷鳴が耳を裂き、光は飛び去った。
夜が明けた。屋根から地上へと点々と血がしたたり、門の方へと続いていた。経門は二
匹の犬を先に立てて、その跡を追うと櫛川山のふもとに出た。
見れば太いかやの木が倒れており、幹に昨夜放した欠が深々と突きささっていた。する
と一人のキコリがやって来て「このカヤの木は神代からの霊木でしたが、日下部の長者が
伐りたおしたのです。そのたたりで、長者一家は亡んだのです」とキコリは告げ、いずこ
ともなく立ち去った。
経門はしばらく考え、カヤの木に向って「木の霊よ、そなたの霊力で草野の私の館まで
来るがよい。そうすれば、この木で御仏を刻み弔ってつかわそう」と固くちかった。長者
の屋敷に戻った経門は、娘を連れて筑後へ帰った。
その翌日から天が裂けんばかりの大雨が続き、川は大洪水となった。その川を一匹の大
蛇が背に矢を立てたままうねって行った。雨が上って草野の里では毎夜川中に怪しい光が
出ると、恐ろしい噂がひろがった。村人は経門に訴えた。行って見ると川底にカヤの大木
が沈んでいる。
おどろいた経門は、その木を引き上げ身をきよめて観世音菩薩の像を彫った。そして御
堂を建て、永くこの像をまつつたと言う。
内河野の原には長者の屋敷跡といわれる古墳がある。娘が一族の霊を慰めるために、こ
の木で仏像を刻んで安置したと云い穴観音古墳とよばれている。
出典
「日田地方の昔ばなし」(NTT日田電報電話局編集委員会)