鏡坂の由来
十二代景行天皇は、堂々たるお姿で、ことに足の方が強く、熊襲をご征伐の時、直入郡
の野原で長さ六尺、幅三尺、厚さ一尺五寸もある大きな石を空中高く、け上げになったと
いわれている。
その景行天皇が、筑紫の熊襲を征伐して、日田にお立ち寄りになったということは「豊
後風土記」に記されている。上野付にお着きになった天皇は、見晴らしの良い坂の上にお
登りになられて日田の町を見下ろされた。
そして「この国の地形は鏡の面に似ている」と仰せられたので、それからこの一帯を鏡
坂と呼ぶようになった。
俳人であり郷土史家であった森春樹の建てた鏡坂碑のあるところがそこである。
鏡坂のこの地に立てば、日田の街が一望に見渡せ、今では桜の各所にもなっている。
出典
「日田地方の昔ばなし」(NTT日田電報電話局編集委員会)