木屋殿(キヤドン)
(概要)
大山川や玖珠川流域では、山林から伐り出した大量の木材を「木流し」といっ七筏に組
まずに川で流していた。木流しの職人はキヤ(木屋)とかキヤドン(木屋殿)と呼ばれてい
た。
(文献)
キヤドンは山林から伐り出した木材を、日田の製材所まで川の流れを利用して運んだ、
職人のことである。日田で集荷された木材は、筑後川下流の佐賀や大川まで筏に組まれて
運ばれた。しかし、大山川や玖珠川流域では、筏に組まれることなもなく、「木流し」と
いって大量の木材を川で流したのである。
日田地方の林業が本格化した明治期は、木流しの最盛期であった。大山川では昭和28
年の大水害を最後に木流しは消滅した。
木流しの職人をキヤ(木屋)とかキヤドン(木屋殿)と呼んでいた。
大山町では小平・大山川・船戸・瀬古・伝里・千丈・松原など、これらの集落が杉の
植林地帯と木材の集散地である日田との中間地点にあることは興味深い。
キヤドンは白い米の飯が食べられるというので、なりたがる者が多かった。また、キヤ
ドンは川の神を大切にし、また川の妖怪にも親しんでいた。旧暦四月五日と十月五日に水
天宮の祭りをした。水天宮のほこらは各集落にあり、その場その場で祭った。川にお神酒
を注ぎ、鶏やシメサバ(〆鯨)をさかなに酒を飲んだ。
野瀬部の河原に河童が住んでおり、もし相撲に勝つと沢山の河童が次々に出てくると言わ
れていた。
出典
大山町誌