地名「小切畑」
E61
(概要)
烏宿権現を中心とする小切島地区は津江一族の小切畠氏の支配下であったされている。
切畑とは山腹などの樹木を錐切り倒して焼いて灰とし、これを肥料として穀物を作る畑を
いう。
(文献)
小切畠(現在の地名:小切畑)
烏宿権現を中心とする小切白地区は津江一族の小切畠氏の支配下であったされている。
小切畠を取り巻くように、烏宿神社の神宮寺六坊(東漸寺や大雲庵など)が存在していた。
切畑とは山腹などの樹木を錐切り倒して焼いて灰とし、これを肥料として穀物を作る畑
をいう。
「矢野家伝」の中で鎌手の由来を次のように述べている。
“老翁に大山の先頭(まっさきかしら)(開発者)となるよう命ざれた土丸先頭。
その後老翁は草屋にこもり黙座した。そして松枝を残して、天に帰っていった0その松杖
を立てると一夜にして森林となった。
草屋の巽の方向の森の祭に山神達が皆出てしまったので
松翁明神をまつることとした。周囲の山林万木を切り開いたため、大小の切り畑ができた。
これより農業が開始された“
参考文献
角川地名辞典・平凡社地名辞典・日田郡の文化財