赤石老松神社
(概要) 書
老松神は北野天神に従属し、大宰府天満宮の摂社として現在でも本殿の裏側に独立して
祀られている。老松社を鎮守神として勧請したのは、津江山を支配した長谷部(津江)氏
と思われ、鎌倉中期に創建されたといわれる。
(文献)
@当社(旧村社)に行くには、前津江村と大山町との境界付近で県道日田・鹿本線沿いの
仙頭屋敷から赤石川を渡り、約一・一キ。で赤石本村に着く。ここからさらに、堂尾・崩の
平を経て神社まで約一・四キ。。
こじんまりとした神社で、参道入り口のせせらぎを渡る手前には、昭和十五(一九四○)
年十月に参宮(伊勢神宮参拝)記念として奉納された小型石灯籠が一対ある。(P36)
A老松神は北野天神に従属し、大宰府天満宮の摂社として現在でも本殿の裏側に独立して
祀られている。老松社は天満神に付属する森林神として勧請されたものであろう。そして、
この老松社を鎮守神として勧請したのは、津江山を支配した長谷部(津江)氏と思われる0
当社の創建は、その津江氏によって鎌倉中期になされたという。当社には、かつてこの
地方を領地した津江氏の当主夫婦の像と思われる男女二神像が祀られている。その銘によ
ると、「元中六年二月日」と南朝の年号があるという。
現在の神殿は三間社流造(さんげんしやながれづくり)の銅板葺き。大分県教育委員会
が行った近世社寺建築緊急調査の報告書(『大分県の近世社寺建築』)によると、神殿の建
築年代は棟札に記す享保十(一七二五)年が妥当と思われるという。(P37)
出典
豊国の神々