尾園社
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(概要)
祭神の大田主神は元東大山ノセブツルに鎮座していた田神社の祭神で、明治げ年本社
と合併、境内社となる。社伝によると、完熟4年、伊勢皇大神宮で一万度の祓を修して勧
請したとある。
(文献)
大山町大字東大山一六七八、祭神は天照大神・大田主神。太田主神は元東大山ノセブツ
ルに鎮座していた田神社の祭神で、明治十二年本社と合併、境内社となる。その後、明治
四十三年三月に本社に合示巳された。
社伝によると、完隷十四年(1701)春、伊勢皇大神宮で一万度の祓を修して勧請し
たとある。当地の御師福島御塩焼太夫を介して万度御祓を受けたということであろう。そ
して同年七月に瀧篠、を執行し十一月に社殿を落成する。山口祭とは、伊勢神宮造営の
用材を伐り出す弓航路(近世以降は木曽山)の、山口に坐する神を祭って伐木の安全を祈
る祭である。ここでは伊勢神宮の例にならって行った安全祈願の祭を指すと思われる。そ
かんぽう
の後寛保元年(1741)に社殿を再建するが、同時に境内社の天満社を創建している。
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文政八年(1825)に再度社殿の再建を行っているが、天満社の修復も同時に行ってい
る。明治六年、村社に列せられる。なお境内社金比羅社(祭神大物主命)は、元東大山字
松山に鎮座していたものを明治十二年に本社に移したものである。
出典
大山町誌