ヤマキチ後藤家
(概要)
後藤家は古い木材商で重厚な入母屋造り(明治21年建築)に京都で求めた大正3年の
御殿雛を公開している。
(文献)
当家の御殿雛は、京都四条堺町北東角の御雛人形司二代目大木平蔵(屋号丸屋)の明治
末期の作品です。大木平蔵は当時京で一番の人形師とされ、ニセモノが多数横行した、と
言われるほどの全国的な人気であったそうです。また現存する作品の中でもこの様に一式
揃っている雛人形は珍しいと言われています。
当家の初代には子がなく、養子である二代目の長女(大正三年生)の出生に大いに喜び、
自ら京都に赴いて求めた祝いの品でございます。
京一番の人形細工師 大木平蔵
安永年間の創業以来二百余年、雛人形をはじめとする人形や飾り物のみを商い続けた丸
平大木人形店は、京都でも唯一の老舗です。代々の当主は大木平蔵を名乗り、時代の波や
量産、流通にも染まらず、綿々と有職に従った人形を作って現在に至ってます。とりわけ
大正末期から昭和初期には、皇室や名だたる財閥などの依頼を受け、丸平は数多くの名品
を生み出してきました。
出典
インターネットホームページ・ヤマキチ後藤家パンフレット